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リーディングマーク代表 飯田悠司ブログ

キャリアプラットフォーム「レクミー」を運営するリーディングマーク代表のブログ。人が出会いを通じて”ワクワク”しながらキャリア選択ができる世の中を創ります。キャリア論や経営論、組織論などを書き溜めていきます。

アメリカもかつては終身雇用だった!? 働き方の未来はどう変わるのか?(1)

こんにちは、「レクミー」運営、リーディングマークの飯田です。

 

 “個人意思の働き方”が当たり前になる、という未来予測を元にレクミーは生まれた

前回の記事の末尾にも記載させていただいたのですが、私たちは、人と人との出会いを通じたワクワクを創出する「感動創造企業」であり、新しいキャリア選択の仕組みを創る「産業構造の変革者」です。決して「ちょっと便利な就活サービス」を作ることを目指してレクミーを立ち上げたわけではありません。当然、“働き方”の未来はどう変わるのか、あるいはどう変わっていくべきなのか、という未来予測や我々の意思を下敷きにして、レクミーを設計しているわけです。

 

未来の働き方はどう変わるのか

今回の記事では、この私たちの背後にある思想について、お話させていただきたいと思います。結論を言えば、「個人が企業を超えるパワーを持ち、個人が自らの”働き方”を規定できる」「個人と個人、個人と企業が協働する」時代が来る、ということになります。一方で、「個人が自らの働き方を規定しなければならない」と解釈すると、考えるべきことややるべきことが増えるので、主体性の無い個人が脱落する厳しい時代がくる、という捉え方もできるかもしれません(後述しますが、私はこの働き方を”個人意思の働き方”と呼んでいます)。

いずれにしても、それは一体どのような時代なのでしょうか。また、その時代に備えて私たち一人ひとりは何をしなければならないのでしょうか。こういった内容について、考えてみたいと思います。

ただ、未来について考えるためには、まずは過去について知ることが重要になります。今回の記事では、まずは“働き方”がどう変化してきたのか、その過去についてまとめてみました。

 

アメリカもかつては終身雇用だった?

こう言われると、多くの方は驚かれるかもしれません。実は、アメリカもかつては日本の終身雇用制度に近い雇用体系を採っていた時代がありました。この制度がなぜ崩壊し、どう変化したのかを知ることは、“働き方”の未来について考える上で、大いに参考になります。

経営学の大家であるピーター・ドラッカーが『プロフェッショナルの条件:いかに成果をあげ、成長するか』(ダイヤモンド社)の中でそのことについて記述しています。ちょっと、引用してみます。

終身雇用は、欧米にもあった。アメリカ、イギリス、ドイツ、スイスでも、大企業で働く日給、時給以外の従業員は終身雇用だった。彼らは、入社するや、自らを社員と位置づけ、会社に完全に帰属した。アメリカではGEマンであり、ドイツではジーメンス・マンだった。世界中の大企業の多くが、日本の大企業と同じように、新卒者を雇い、定年まで働くものとした。 

そうです、かつては、アメリカや欧州諸国も日本型に近い終身雇用制度を採用していたのです。欧米諸国では、この雇用制度が、20世紀の前半から1970年代のはじめころまで、広く採用されていました。

 

かつては、終身雇用に高い合理性が存在した 〜“企業従属の働き方”

世界中の企業が終身雇用制を導入していたわけですから、そこには一定の合理性が存在していたわけです。キーワードは「工業化社会」です。「工業化社会」の主役は、引用した文中にもあった「GE」であり「ジーメンス」であり「GM」や「フォード」であったわけです。重厚長大産業の巨大企業が、社会の中心を担い、多くの雇用を生み出していました。

当時は、今ほど競争環境が激しくなかったため、同じものを「長期にわたって」「ゆるやかに改良しながら」「大量に」製造し、販売した企業が多くの富を獲得していました。工場で物を作るわけですから、大量の人間を雇用することが必要になります。また、同じものをゆるやかに改良しながら大量製造するわけですから、同じ人にずっと担当をしてもらった方が良いわけです。

すなわち、「新卒一括採用」かつ「終身雇用」という雇用体制が最も合理的である、という結論が導き出されます。また、長期に渡って在籍してくれた社員であればあるほど、多くの価値を発揮できますので「年功序列」「年功賃金」が合理的な判断となります。

当然、労働者としては、大企業に採用してもらい、そこで長期に渡って働くことが、最も合理的で期待生涯収入が高い“働き方”になるわけです。当時の若者は、こぞって大企業に入社することを希望しました。すなわち、個人の人生は企業に従属していたわけです。これを、“企業従属の働き方”と呼ぶことにしましょう。 

あれ、これって何か似ていますよね…。そう思いませんか…?

 

日本の雇用制度は未だに“企業従属の働き方”を引きずっている

そうです、なんだか日本の就職活動にそっくりですね。日本の学生は、「大企業に採用してもらい、そこで長期に渡って働く」という “企業従属の働き方”の時代のマインドを未だに引きずっているわけです。そうなっている背景には、日本の企業が未だに“企業従属の働き方”をベースにした雇用制度を採用していることがあります。

同じものを「長期にわたって」「ゆるやかに改良しながら」「大量に」製造し、販売した企業が多くの富を獲得出来る時代。言うまでもなく、そのような時代は終わっています。ですから、その時代に最適化した“企業従属の働き方”を採用し続けていることは、間違いなく非合理的です。

実際、欧米諸国では、産業構造の変化に合わせた新しい働き方が発明され、多くの企業が新たな雇用制度に移行しました。それに伴い、労働者のマインドも新しい働き方に移行しています。この雇用制度では、”企業従属の働き方”の時代に比べて、個人に強い意思があり、交渉権があり、選択権があります。いわば、個人が企業と対等の力を持っているわけです。この働き方を”企業対等の働き方”と呼ぶことにしましょう。

 

日本は“企業従属の働き方”を脱却しなければならない

日本の企業には2つのシナリオが残されています。1つめのシナリオは、欧米諸国と同じように“企業対等の働き方”の時代に移行していくというものです。2つめのシナリオは、いつまでも“企業従属の働き方”を引きずるというシナリオです。ただ、このシナリオには持続可能性がありません。 

産業構造に適合しない雇用制度を引きずり続けることは、日本企業にとって大きな足かせとなります。その足かせは、日本企業に対してボディーブローのように悪影響を与え続けます。そして、それはやがて日本企業、ひいては日本全体の「死」につながります。 

90年代に10年が失われ、00年代にさらに10年が失われ、ついに10年代の10年も失われようとしています。私は、日本がこの30年を失おうとしている理由の主な要因の一つが時代遅れの働き方にあると思います。

 

欧米諸国の新しい“企業対等の働き方”そして未来の“個人意思の働き方”とは

では、欧米諸国の新しい働き方、すなわち“企業対等の働き方”とはどのようなものなのでしょうか。また、やがて訪れる未来の働き方、すなわち“個人意思の働き方”はどのようなものになるのでしょうか。

そして、そのような時代にレクミーはどのような役割を果たすことになるのでしょうか。

 

こちらについては、また次回の記事で記載していきたいと思います。